2002年7月14日に京都府南部のたんぽぽにてアップされたものを
加筆転載致しました。
どうか先にる・ルンさまのオスカル編を お読み下さい。
管理人のる・ルンさまに、心からの感謝と、とこしえの愛をこめて。




部屋の隅の気持ち。(アンドレ編)







1、恋い唄。




「眩しい闇の中で 彷徨い続けて 
 またそこで君に会えるのかは判らない

 変わらない日々に 変わらない君
 季節は移り変わっていく 2人の上を

 想いはいつも同じ場所に辿り着くのが難しくても
 君はいつも同じ笑顔でそこに居てくれると信じてる

 いつもは笑いかけてくれた君なのに
 どうして今では目を反らしているんだろう

 いつもくれた手紙はないけれど
 判っているよ 大した意味はない事くらい

 想いはいつも同じ場所に辿り着くのが難しくても
 君はいつも同じ笑顔でそこに居てくれると信じてる」





パリの喧噪を少し離れ、遠出した下町の酒場で
今日も俺はひとりで飲んでいた。

古い打楽器が置いてあるカウンターに座っているのは
俺と女が一人だけで、あとはみんなテーブルの客だった。20人ぐらい居ただろうか。

安酒をあおりながら考えるのはあの男の事だ。 オスカルに求婚したあの男。
ヴィクトール クレマン ド ジェローデル
現近衛連隊長でありながらかつてはオスカルの部下だった。
俺も全く知らぬ仲ではなかったが、、、。

忘れられない、あの屈辱は。

「アンドレ グランディエ。
僕にも妻を慕う召し使いを、妻の側につけてやるくらいの
  心の広さはあるつもりです。 君さえよければ、、、」

憐れんだのだ、、、! あの男は俺を。

口を付けようとしてグラスに何も残ってないのに気付き、
店主の前に何も言わずにグラスを置いた。
店主は片眉を釣り上げて、後ろを向いて酒の瓶を取り出し
俺の手の横に差し出した。
「キツイばっかりで味を気に入るような酒じゃないぜ。
ただ酔うだけだってんならそろそろ止めといた方がいい」
俺はかまいもせずに自分でグラスに注ごうとすると 店主はそっと
俺の手から瓶を奪い ほんの少しだけ注いでくれた。

「よー。ナタリー、待ってたぜー。」
「今夜は何を唄うんだ?」
俄に客が騒ぎだして俺は同じカウンターに居た女が
居なくなってる事に気付いた。

「みんな〜、今夜はあたし、恋い唄を聴いてほしいの。いいかな?」
この店にはまだ2度目だが、歌手が居る店とは知らなかった。
「静かな曲なんだけど〜」と、はにかむ彼女に
いいぜえ!と 常連らしい客が叫ぶ。

ナタリーと呼ばれた女は、店の真ん中で深々とおじぎをした。

カウンターの向こうで店主は手を叩いて、打楽器を抱えていた。
俺もつられて思わず拍手する。
彼女は俺に視線を止めて微笑みながら足でリズムを取りだした。
コン コン コン コン‥‥
店内が一瞬で静まりかえり、続けて打楽器が鳴り出した。

「眩しい闇の中で 彷徨い続けて 
 またそこで君に会えるのかは判らない

 変わらない日々に 変わらない君
 季節は移り変わっていく 2人の上を」


低く高く、静かだが躍動感のある声だった。 よく見るとまだ若い。
白い肌に映える濡れ羽色の長い黒髪に 若草色の瞳。
粗末なドレスを身に着けてはいるが少しも
彼女の魅力を欠けさせる事はなかった。

 「想いはいつも同じ場所に辿り着くのが難しくても
  君はいつも同じ笑顔でそこに居てくれると信じてる」

それは、ただただ切ない唄だった。

ひとりの女をずっと想い続けている男の唄に他の客たちが
酒の効果も手伝って、涙を流す。
俺の胸も拍動ごとに痛んだが涙が流れなかったのは酔っていなかったのと
途中で曲調が明るく変わり、後半は希望に満ちていたからだ。
そしてまた静かなトーンに戻り、彼女は唄い終った。

店内は静まり返ったまま、彼女が唄い終った事に
ようやく気付いた客がひとりふたりと拍手していく。

店中の客が拍手したころ、
「ごめんねーっ 湿っぽくなっちゃったね」
そう言って客のチップを断ってカウンターに彼女、ナタリーが帰ってきた。

「マスター、この人にビール」
「はいよ。」
ナタリーが驚いて俺を見る。すぐにビールが出てきた。
「ありがとう! いただきます。」

さっきまであんな切ない唄をうたっていた人物とは思えないほど屈託がなかった。

「君は歌手かい?」
「まさか。それじゃ食べてけないわ」
「今の唄、よかった」
「ありがと、でもいいのは唄だけじゃないのよ?」
「、、、っ!!」 驚いて言葉が出ない。夜の女だったのか。
「いくらだ? その唄込みで。」
探るような眼を 一瞬で屈託ない笑顔に変えて彼女は微笑んだ。
「そうこなくちゃね。」




2、ナタリー


「アンドレ、アンドレ。」
「う、、、ん?」
「あ、、、起きた? もうお昼になるんだけど、、、大丈夫?」
ここはどこだ? 曖昧な夕べの記憶の糸を手繰る。
「ナタリー?」
「あたしは、かまわないのよ? 寝てて。」
首をまわすと質素なテーブルの上に水指しと洗面器が置いてある。
ゆっくり身体を起こすとナタリ−がすぐに水を持って来てくれた。
「昨日はありがと。あの店でパンとかお酒とか色々、買ってもらっちゃって。」
「酒は俺がこっちに来てから少し飲んじまったけどな。
こんな時間まで世話をかけたね。」
「いいのよ 食事作るわ。ゆっくりしてって?洗面はそこよ。」

俺の身支度が終った頃テーブルのうえにはいつのまにかパンとスープ。
わずかばかりの野菜とハムが並べられていた。
「みんな買ってくれたものばかりなんだけど」
恥ずかしそうに笑いながらナタリーが席に着く。
穏やかな陽射しが部屋の中をわずかばかりに明るくした。
夕べの化粧を落としたナタリーの顔が幾分幼く見えた。

「アンドレ何才なの?あ、待って 当てるわ。」
う〜〜〜〜ん と彼女が考えてる側から俺は噴き出してしまう。
「28!」「はずれ」
事も無げに返事をすると 
おかしいな〜とか呟く彼女が可愛らしかった。
「いつもあの飲み屋に居るのかい?」 「さあ、どうかしらね」
「あの唄が聞きたくなったらあそこに行けばいいのかな?」
「あたしに会いたくなったらって 言ってくれないの?!」
考えもしなかった彼女の言葉に一瞬汗が吹き出した。
「 ー ウソよ。 正直者っ」
思わず俺は苦笑していた。
終った皿を片付けながら彼女はまたあの唄を口ずさんでいた。
切ない唄いだしから最後は希望に溢れて終るその唄を
俺も一緒になって唄っていた。
もうすっかり憶えてしまっていて
彼女は意外そうに振り向いて笑いながら俺を見た。
「告白すると、これって貴方を誘うためにあの時唄ったのよ。
隣に座ってたのに少しもあたしを見てくれなかったから」
驚きながら「俺はそんなに金持ってるように見えたかい?」
と聞くと、ナタリーは目だけ見開いて俺を見たあと
「それもあるけど」
と、低いトーンで呟いた。
「唄、、、誉めてくれてありがとう。すごく嬉しかった。」
彼女はそう言って今度はひっそりと微笑んだ。

その笑顔からは俺は目を反らして俯いていた。


彼女と別れ、パリの町に馬を引いて入った時はもう夕闇が迫ってきていた。
そう言えば今日はあまりオスカルの事を考えなかった……
あの男の事も。

だからって、何も変わってはいないんだけど…。
不可解で、意外な手みやげを懐に入れて 俺は暗くなりかけたお邸への道を辿り始めた。

ふと目の前の路地を見覚えのある男が横切って俺は走った。
「クロード?!」

それは、オスカルの側に居るはずの従僕仲間の男だった。
俺がオスカルの側に居ない間は大抵奴に
彼女の事を頼む事が多い。今日はたしかオスカルに勤務は無く
俺もまた休みをもらっていたはずだ。
「アンドレ! よかった、探したんだ」
「なんで、ここに?何をそんなに急いでるんだ。
   オスカルになにか?」
「…それが…」






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