遥か遠く君を離れて。

2004-04-02up





街灯のある道を選んでいつもの酒場に辿り着いた。
酒を飲んでくれる客かと思ったのらしく
店主のドニがあたしを見て弱った風に溜息を吐いた。
「ナタリ−、あいにく今日は歌えない客ばかりだよ」
渋い口調で首をかしげてカウンターの向こう側でグラスを磨き出す。
店内を見ると、5つあるテーブルのうちの3つを
帰還兵が陣取っている。いずれも昏い疲れた顔をしていた。
「アメリカから?」
「そうさ。」
いつものカウンターの椅子に腰掛けて、ドニにワインを頼んだ。
チラッと店主の持ち物の古い小さい打楽器に目が止まる。
あたしが唄うとき、必ず店主があの打楽器で絶妙に
間の手を入れてくれる。だからあたしはこの店が大のお気に入りだった。
「おめえ、カネ持ってんだろうな、ナタリー」
ワインが5分ほど満たされたグラスを目の前に置いて
上目遣いで訊ねてくる店主の問いに
曖昧な笑顔で応えると
ドニはやれやれと肩をすくめて再びグラスを磨きだした。

あたしはグラスの縁に何度も口を付けて
匂いをかいでは中味は飲まないでただ弄んでいた。
全部飲みきってしまうと
次を注文するか店を出て行かないといけないからだ。

頬杖をついたまま、見知ってる常連が来ないものかと
薄いガラスの嵌め込まれた窓の外を眺めた。

ふと近くのテーブルに座ってる兵士と目が合った。

金茶色の髪、薄汚れた顔に似合わない、キレイな蒼い瞳。
伸びかけた顎の鬚は精悍でもまだ年若いと思われた。

思わず目を反らして前に向き直っても背中に視線を感じる。
弄んでいたグラスの中味を喉に流し込んで
あたしはまた振り返った。

若い兵士はまだあたしを見ていて今度は一緒に座ってる男とともに
口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
「あたしに、何か用?」
カウンターの椅子から降りて彼に訊くと
兵士たちはいきなりの事に面喰らって言った。
「気を悪くしたなら謝るよ…」
力無いその言い方にあたしは拍子抜けして
カラのグラスをドニの目の前に置いた。
「ごちそうさま!」
「おい、今日は唄なしかナタリー。もう少し待ってろよ。
 ティンパニが泣いてるぜ」
到底、本物のティンパニには見えないドニの小さい打楽器を見て
だけど少し心が揺らいだ。が、どうしても今日のこの店では
明るい唄を唄えるような気がしない。
場を盛り上げられなかったら客もそんなにオカネを
はずんではくれないモノなのだ。
「今日はなし。ワインはツケといて、ドニ。」
「ヘイ毎度って、おまえなあ〜。」

「俺が払ってもいいよ。その代わり何か唄ってくれれば。」
今度はあたしが面喰らう番だった。さっきの若い兵士だ。
「こりゃいいや、おごってもらえ〜。」
ドニは混乱してるあたしをよそに愉快そうに笑っていた。


「薄闇に浮かぶこの街の灯を見て
 生まれ故郷にやっと帰ってきたと思った‥‥」
あたしがあまりにも怪訝な顔をしていた為か
その兵士は感慨深げに話し始める。

今夜はこの後、一緒に居る仲間達と宿場町まで足を伸ばしたら
明日の夜には故郷に入れるらしい。
何年も会えなかった家族や恋人にやっと会える事を思えば、
疲れも消し飛ぶものさ、そんな若い兵士の笑顔に
あたしも何か応えなくちゃいけないと思い始めた。

「じゃあ、再会を祈る唄を」

そして−−−

店の真ん中で、その若い兵士に向かい私は深々とおじぎした。
ドニはカウンターの中で、いつのまにか手に打楽器を抱え
短く拍手する。彼の蒼い瞳を見ながら、静かに息を吸い込んで
あたしは唄い出した。

『遥か遠く君を離れて…』

その時数人の男が賑やかに店内に入ってきた。
あたしも知ってるこの店の常連も居てあたしを見て
人さし指を滑稽に顔に翳している。静かにしろと
周りに伝えてくれているのだ。ドニの打楽器が鳴り出した。
自分の唄声がみなの耳にどんどん吸い込まれていくのを
感じて、それはとても心地よかった。

〜〜〜〜〜〜


『どうしても遠い、だけど
   貴方じゃなきゃ意味ない…』

どこからか切ない唄声が風に乗って流れてきた。
低く高く静かだけど、躍動感のある声だった。
俺はボロボロになったオスカルを抱いて
パリの街を歩いている。俺もズタボロにやられていたが
オスカルを抱いてジャルジェ家まで帰るくらいの力は
(たぶん)−残ってるさ。

こんな風情もいいもんだ。

星がものすごく奇麗な晩だった。



FIN



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だいぶ前にお遊びで書きかけてた物をアップしちゃいました。。。

著作権上、詳しくは書けませんでしたが
ヤイコのバラードがモチーフです。。。
タイトルは、『Over the distance』
だから、『遥か遠く君を離れて』。。。
安直で申し訳ありません〜〜〜。

『貴方じゃなきゃ意味ない…』←ぐっとくる所なんで
すいません、入れちゃいました。

男の人の名前で「ドニ」っていうのがあって使わせてもらったのですが
ベル的にサン・ドニ教会ってのがあったのを
書き上げてから思い出しました。。。わははは。


こちらの素敵な壁紙はAZULさまの所からお借りしました。


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