奇跡を待てない。

2006-12-23up










思い起こすのは、息がとまるほどの心地よさ。
子供の頃のじゃれ合いでもなく。

あれは…

あれは酒が入っていたからで…て、なんで俺がオスカルの気持ちに
ならなきゃいけないんだろう。

酔ったからってあんな風になるやつじゃないのは
判っている。だから俺は、なんの真似だと聞いたんだ…。


「おはようアンドレ、今朝は早いのね。」
朝の門扉の掃除を済ませたナナが笑顔で声をかけてきた。
「今日からなんだ?」「ああ。」
「復帰おめでとう。」「メルシー」
手を上げて礼を言いながら俺は厩舎へ向かった。厩番のエンリコがオスカルの馬を
整備している。俺を認めて、お前のは自分でやれよと言ってきたので
突っ込むより前に、今日から俺の復帰をみんなが知ってるのに
嬉しくなっていた。


久しぶりの兵営では、俺は終日オスカルの代わりのデスクワークに付いていた。
遠く練兵場の方から聴こえてくる久しぶりの鼓笛の音に
そろそろ閲兵も終る頃だろうかと、司令官室を出て、
練兵場へ向かうと、ドヤドヤした雑音とともに兵舎に
戻ってくる隊員の1人が俺を認めて、駆け寄ってきた。
「あーっ、このやろう。練兵に出てこないで
 心配させたんだからてめえおごりやがれっ」
「ラサールっ。」
昨日のパリでは会わなかったラサールは、飛びかかるように
駆けてきたので俺は恐れを為して逃げ腰になって構えた。
「おお、やっと留守部隊からお帰りかい。」
「昨日も聞いたよアラン」
目を瞑って肩を竦める俺に、アランは首を振ってコキコキと鳴らしながら
「冴えねえなぁ…」と、言いながら眉間に皺を寄せた。「なに?」
「この間、妹の婚約者っつうのに
 会ってから、アランずっとこうだったんだぜ?」
ラサールの言葉に、「へぇ、どんな奴なんだ?」と聞くと
アランの顔の皺はますます深くなった。
「…まあ、いいんじゃぁ、ありませんの?
 って何言ってんだかな…」妹を思いやると言うよりはアランは、
自分の娘を思いやるような顔をして、口の中でぼそぼそ言った。

「兄貴の方がマリッジブルーになってんだよ」「うるせーっ」
横から口を挟んだラサールはアランにどやされて頭をかばった。
「気に入らないのか?」
「あー、だけど、あいつが幸せなんなら…
 あいつがあれでいいっつうんだから…」
はぁぁぁ〜っと、アランは笑いを誘う大袈裟なため息をついて見せた。
「男でもマリッジブルーってあるのかな」
「兄貴でもなるくらいだからなぁ」ピエールとジャンの会話に
「わかった!相手の男がマリッジブルーなん…あががっ」
ラサールが口をはさみ、言い終わらないうちにアランが奴のクビを締め出して
ラサールは本気でもがきながら命乞いしていた。
「お、おい」「お前たち、何やってるんだ。アーラン!」
周りの連中は笑っていたのだが、
後からダグー大佐とやって来たオスカルが、ラサールの肩と
アランの顔に手をかけて、2人を引き離そうとした途端、
アランはオスカルの手から逃れるように
ぱっと身を離して両手を上げながら、さっさと兵舎に帰って行った。
「…たく。お前ら子供かっ」
「すんません、隊長。」ラサールの情けない声に
俺が吹き出すと、オスカルも横を向いてシニカルな顔を作った。
「アラン、待ってくれよ、悪かったって」

あいつが幸せなんなら…か。
「おまえ昨日どこかに出かけていたのか?」
ラサールがアランを追いかけて行ったあと、オスカルは急に
思い出したように聞いてきて、
俺が判らないような顔をしてると「あいつら?」と促した。
「ああ、いや、昨日シャンプティエさんのお供で
 パリに来たとき、奴らに偶然会ったんだ。」
執事氏の名前を出すとオスカルは「そうだったか…」と
思い当たる事があったらしく、「パリに居たのか、いつ頃?」
と聞いてきた。「夕方くらいまで…」
「来ると判っていたら、どこかで落ち合えば良かった」
そうは言っても、そんな訳にも行かなかったんじゃないのか?お前は。と、
喉元まで出かかったが、すんでの所で堪えた。

復帰第1日目は、なんだかそんな調子で、あとは司令官室にまた戻って
オスカルと書類の整理に夢中になってるうちに、パリの警邏から帰ってきた
フランソワからの報告書を受け取る時間になっていたりで、
あっという間だった。
「疲れたか?」
帰りの馬車の中でオスカルに声を掛けられるまで
終えなかった仕事の事を考えて明日からどう始末を付けようかと
考えてしまったほどだ。
「休み明けの1日目は、なんでこんなに時間が経つのが早いんだ」
「私もなんだか今日は早く感じたな」
俺は明日の事を考えると憂鬱な気分になったが、当のオスカルの方は
さほどでも無く、俺の焦る様を可笑しがっているように見えた。



「すみませんが、当家にご用でしょうか」
夕闇が星空に変わる頃、屋敷の門に手をかけて、今こそ声をあげようと
している壮年の男に声を掛けると、振り返った顔には見覚えがあった。
確か、ジェローデル家の…
「…一度お話ししましたね、ジェローデルさまの御者どの?」
「ああ、あなたはオスカルさまの…」
ちょうど良かったとばかりに、笑顔で頭を下げたその顔は
少佐とともによくこの屋敷に出入りしていた、近侍の男だった。
「クレイモンと申します。今日は主からの使いで参りました。
 こちらをジャルジエ将軍に、こちらはオスカルさまにお読み頂きたいとの事で」
そう言ってクレイモンと名乗った男は、蝋で封印された家紋入りの便箋を二通差し出した。
慌てて出てきていた門衛のケヴィンが、手紙を銀のトレイに受けると
「主人がよろしくと申し上げていたとお伝え下さい」
と彼はケヴィンと俺の両方に挨拶して帰って行った。

玄関ホール前の大階段の下に旦那様宛の手紙や届けものが置いてあって
ケヴィンはそれらに今届いた少佐からの手紙を一緒にすると
オスカル宛の手紙は俺にと頼んできた。
そこへ、急に慌ただしく帰ってこられた旦那様に、おれたちは
すぐさま足を揃えて控えた。
「おかえりなさいませ。」
「旦那さま、少佐の使いの方がこちらを旦那さまにと」
と、これが今日届いたものです。とケヴィンが言う間に、旦那様は
少佐からの手紙を開き、すぐに閉じて俺に
「アンドレ、オスカルは帰っておるか?」と、お尋ねになった。
「はい、只今なら礼拝室においでかと」
「終ったら、儂の部屋へ来るように…」
「はい、旦那さま。」頭を下げ、旦那さまが通り過ぎるのを
待っていると、もう一度俺を呼び止められた。
「やはり良い…。」

ジェルジェ家の礼拝室は、東翼の地下にあり、
誰にでも出入りが可能だ。
祭壇の両端にある、大小の燭台の蝋燭には全て火が灯され
その暖かな空気の中で、オスカルは3列に並べられた木製のベンチの中央に腰掛けて、
頭からすっぽりと絹のベールを被ったまま、身じろぎしないで俯いていた。
「オスカル」
少し待ってから、後ろから声をかけて、届いて来ない返事に耳をすました。
夜の祈り中だったのに諦めて下がろうとすると
身じろぎしないままの背中から彼女の声だけが追ってきた。
「ウィ?」
「邪魔して悪いな…手紙が届いた」
振向いたオスカルに、銀のトレイに乗せて持ってきた手紙を差し出すと
明らかに封筒には入っていない、蝋で封印されただけの手紙主に
オスカルは粗方の見当は付いたらしく、それを受け取ったまま
開くでもなく俺の顔を見上げた。
「少佐からだ」「…ありがとう」
手紙に目を落としたのでその場を離れようとした俺に
「待てアンドレ…」慌てた調子でオスカルが声をかけてきた。
「側に居てくれ」
云った後で、すぐにオスカルは祭壇の方に、向き直り
俺は後ろのベンチに腰掛け、斜後ろからのオスカルの
表情を読み取ろうとして、……徒労に終った。
「少佐から、旦那さまにも届いていた。何か、あったのか。」
意を決して、俺は昨日オスカルが出かけた事に水を向けてみた。
数々の蝋燭の灯に浮かび上がる荘厳な祭壇。
ここでなら何を聞いても、取り乱さないでいられるだろうか。
考えながら、自然と祈りの形に手を組む。寒い訳では、無かった。
「何も…」「え」 
オスカルは振り返って、ゆっくりと俺に一言一句きっぱりと告げた。
「何も変わらないと言う事だ」

「なんで…」
どんな顔をすれば良いのか判らなくて、俺は咄嗟に聞き返していた。
「なんでって、それは…お前のことが…」
聞き返した事に今度はオスカルの方が狼狽していた。
「私は…心配だか…ら…」
俺が「心配」だって?
「私が嫌がっていたのは判ってるだろう!」
狼狽を隠すように、オスカルは大きな声で俺に怒鳴った。
「断る理由が見付からないからって、俺の事を?」
「違うっ、それが理由だったからだ。」
「そんな消極的な理由あるか!?」俺は立ち上がった。
「俺の気持ちを判ってて言ってるのか?
 夕べみたいに、寝ぼけても酔ってもいないのなら
 洒落にならないぞって言ってるんだ!!」
礼拝室だと言う事も忘れて一気に捲し立てる俺に
オスカルもムキになって立ち上がった。
「俺を翻弄するのはいいかげん…」「してない!」
「やめてく…!? オ…ッ?」俺の驚いた顔に、オスカルは驚いて
自分の顔に手をあてて、頬を伝う自分の涙を見て唇を震わせた。
「…なぜ私は泣いてるんだ?」

『役目ってナンだ?
 どこへも行かないと約束しろ。』
あの日の前日の事だった。オスカルが今の俺と同じように
自分の気持ちをぶつけてきたのは。

自分の顔に手をあててオスカルは狼狽えながら後ずさり
ベンチの端に引っ掛かって倒れかかったのを
俺は慌てて彼女の手を掴み、身体を支えて座らせた。
  そして今度は、すぐ後ろに腰掛けてから、オスカルの手をそっと放した。
「さっき、食事のとき飲んだ酔いがまだ残ってるんだ。」
「なんとでも言え。怒鳴って悪かった。」
「ちくしょ…昨日の今日で、何なのだ…」
そう呟いてから、彼女はベールを取り少佐からの手紙と一緒に
手の中に丸めて立ち上がった。
まだ座ったままの俺に空咳をしたあと「大声出したら喉が渇いたな」と
軽く云ってきたので、「ショコラか水にしておけ」とよけいな指図をして、
俺は彼女に、細く丸めた手紙をぐいと腕に突き刺されていた。
「痛いよっ」


「ジェローデルさまが?」
ショコラを運ぶ途中、1階の旦那さまの書斎の前を通りがかると、
聞こえてきた奥様の声に俺は足を止めた。
「そうだ。とりあえずは見送ると。だが今回のことで
 儂とオスカルへの友情が終るわけでは無いと言ってきおった。」
ひどく落胆している旦那さまの声に、
俺は自分の気持ちを考えながら、その場を離れた。

  どんな顔をして良いのか判らなかったのは、
どれが彼女の幸せなのか判らなかったからだ。

あの男と結婚しても、充分に彼女は幸せになれたはずだ。
或いは、このまま衛兵隊の隊長を勤めていても
連中がオスカルに心酔していくのは時間の問題であるだろう。
「何も変わらないということ」がはたして彼女の「幸せ」なのだろうか、と。

俺が「心配」だって?

相手を信じ思い遣る事が愛なのなら、オスカルは恐らく、
俺を愛してくれてもいるのだろう。
だけどそれは、俺の望む形のものじゃない…。
いつか奇跡が起こって、それが俺の求める愛に変わる事を待つよりも、
今より後はもう彼女を不安にさせまい、そんな奇跡はもう待たない。

オスカルの部屋から、ヴァイオリンの音が聴こえてくる。
近付くに連れてそれは聖歌111番と知れた。
ノエルを待ち望んでいる子供のように、ひどく軽やかなアレンジに
ドアの前でノックを忘れて俺は立ち尽くしていた。


fin



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ショコラが冷めるよ〜っていう突っ込みは要りません;;;
聖歌111番「かみーの、みこーは♪」って唄ですが、この時代あったのかすら
知りません。。。すみません、ノエルスペシャルなのでお許しください。
(<どこがスペシャルだ)
 













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