空の身代わり

2008-11-15up






「‥汚れるぞ」
日が暮れ始めると急に風が冷たくなる季節になった。
もうすぐに雪が舞うだろう。
オスカルは中庭の芝生の上で、仰向けに寝っ転がって高くなった空を見ている。
彼女の着衣の背中が汚れないかと声をかけてみたが、なんの返事もなく身じろぎしない。
試しに俺も見上げてみたが、何も見えない。
あるのはただの薄曇りの空。西の方には少し雲の色が変わってきていた。
夕べのように、瞬くように星でも輝いていれば見る価値もあるけれど。
館から見えるいつもの空と変わらない。

「暖かいんだ、地面が」空を見ながら、オスカルの手が芝生の上を滑る。
滑るうちに、近付いて見下ろしている俺の靴に当たった。
「ウソ云え」「本当だ、お前も座ってみればわかる‥」一瞬の躊躇のあと
彼女の云う通りにすると、地面というより薄い芝生の間に熱がまだ少し籠っているのが判った。
だが、それも長くは続かない。

「何を見ていたんだ?」
「‥この空はずっと続いているんだと思っていた‥」
どこへとも云わず、そう言って空を指差している彼女の手が
芝生に手を付いている俺の腕に当たる。
よくよく見るとオスカルは片目を瞑っていた。まるでその空の向こう側を見透かしているように。
「狭い世界‥」俺には到底理解出来ない謎めいた言葉。
「けれど、果てしない‥」その目も閉じて、彼女は呟いた。

そんな彼女の寂しさや不安を思うと、俺の声も小さくなった。
「ああ、どこまでも続いている」
ただひとつの名前を、2人とも思い浮かべているのは判っていたから
俺たちは何も言わなかった。
判りすぎるくらい、判りすぎていたから、何も言えなかった。
何かを云おうとしても、すべて嘘になりそうで俺は自分の気持ちが判らなかった。
あの方はあんなに素晴らしい人であるのに。無事を願う気持ちは俺も同じだというのに。
地面についている俺の手に、そっとオスカルの手が重なった。
あまつさえきゅっと 力を込めて、握ってきた。
俺が。

俺が、自分と同じ寂しさを感じていると思った彼女の、励ましなのか
それとも、一人では居られない寂しさからか。
言葉に出来ない複雑な想いから、俺はオスカルの手を握り返すことはせずに
ただそんな彼女を愛してしまった苦い喜びを感じていた。
俺の手を握りながら、空の代わりに今度は俺を見上げてくるのがわかる。
見つめ返す事も出来ずに、居心地の悪さは増していく。

俺も信じている、彼が無事に帰り着かれることを。
ただの言葉なのに、上手く出て来ないのは何故だ?
「俺も、信じている」
低い声でやっとひとこと伝えた。
すると彼女の美しい唇がすべてを判ったように優しい笑みを形作った。

彼女が守りたい人と、かの素晴らしいその人と、再び逢えると
信じることに、吝かではないけれど。
その後の彼女に何が訪れるんだろう?
彼女の守りたいものが、俺の守りたいものだと云う事だけは、判る。

俺はオスカルの手を握り返して薄曇りの空を見上げた。何も無い。
あっという瞬間にすべてを失うような不安にかられる空の色。
それでもこうして寄り添っていると、何かを守れそうだと思った。
何か・・を。




fin.









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