判っている口唇



2008-11-24up





ばあやにはこっぴどく叱られて、ロザリーには紅い目で出迎えられた。
そして私は頭が重い。夕べはかなり荒れた。
あいつはどうしただろう。今朝、目を覚ましたら自分の部屋で寝ていた。
慌てて起き上がった途端に、体中の生傷が疼きだした。アンドレの方がひどく
やられていたはずだが、ばあやには聞くのがコワいような。

テラスから庭に出た。早い夕暮れに西の空がうっすらと朱い。
中庭は天気が良かった朝の名残か、横になると草の薫りがして、空は遠く
薄日が洩れているのが見える。
日が射している所まで飛べたてば、何を見る事が出来るだろう。

「汚れるぞ」
アンドレだった。庭を歩いてくる足音でそうじゃないかと気付いていた。
夕べはアンドレにものすごく迷惑をかけたので、もう少し反省してから
奴には会いたかった。
「暖かいんだ、地面が」「ウソ云え」
私の視界に入りながら、アンドレは幼馴染みの声で言った。

ああ、そうか。
私の事を心配して様子を見に来てくれたのだと、今、気が付いた。

「本当だ、お前も座ってみればわかる‥」
子供の頃のように何気なく云ってみると、アンドレは少し、
見過ごしてしまいそうなくらい、少しの間躊躇してから、私のすぐ横に
片足を伸ばして座った。
奴はそうやって人との距離を量るのが上手い。

「何をみていたんだ?」アンドレの方も何気ない様子で聞いてくる。
あそこまで飛び立てば‥‥‥薄日を指差し、言いそうになって止めた。
別に取り立てて云えるような何かを見ていた訳でもなかったのだ。
「この空は、ずっと続いているんだと思っていた‥」
空を超えたずっと高みから見下ろせば、驚くほど小さいに違いないこの世界。
「狭い世界‥」自分の存在がいかに小さいかを感じていただけだ。
「けれど果てしない」気持ちも身体も、遥か遠く離れているのを感じていただけだ。

「ああ、どこまでも続いている」
なのに、アンドレの声もひどく寂しげなのは何故だろう?
閉じていた目を開けてアンドレの顔を見ようとしたが、奴の腕しか見えない。
自分の手をその腕から滑らせて、私はそっと奴の手に重ねた。
帰らぬ彼を想う代わりに、いつも身近に居るアンドレの事が急に
気になりだした。
すまないアンドレ、心配かけて。
いつも、感謝しているんだ、お前には。
私が、もっと元気になれば、こいつも元気になるのかな。
単純にそう思えて、力を与えるように奴の手を握った。

「俺も、信じている」
そら、
優しいお前はすぐにそうやって、私の聞きたい事を言ってくれる。
自分が私に、何を云えば良いか、何をすれば良いか、
全て判っているのがお前なのだ。
だから
昨夜の口づけの時は、その優しさに私は涙が止まらなかった。

私を見ずに、握り返してくるアンドレの手は、暖かくて力強くて優しかった。
もっと、ずっと繋いでいたい。そう、思えるほどに。





fin




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