淪落記

2003-11-17up





1、奥州の森



ガシャッ‥‥

膝をついて倒れ込みそうになる身体を手で支えながら
何が間違っていたのかを、この終わりの時に考えていた。
肩から流れ出した血が腕を伝って大地にしみ込んでいく。
甲冑は返り血ですでに元の色を失っていた。

奥州。

のどかで穏やかなこの山に刺客は放たれた。
ただ俺ごときの命を奪うだけのために。
後世 俺は権力を脅かされると疑心暗鬼に取り付かれた兄に
成敗されたと伝えられるのだろうか。

息を吐いて地についた手を握り込む。
刹那、怒号とともに振り下ろされる銀の刀が視界の
端で光る。振り向きざま握り込んだ土を投げて怯んだ隙に己の一刀を掴んだ。
抜刀しているが血糊で刃はもう甘くなっている。
俺は迷わず相手の懐に入り込み甲冑の隙に刀を突き立てた。
皮膚を裂き、骨を突き破る手ごたえが、首の後ろまで伝わってくる。
「…ご舎弟…」意外に老いた声が俺の顔を上向かせた。
「許せ…」
この追っ手は、俺を源氏の弟判官義経と信じて疑わない。
追っ手をしむけた兄の、側近ですら源氏の勘気を被った
哀れな弟としか思ってはいないだろう。
この男は俺が 血気盛んな若者に捕られない為にと追ってきてくれたのだろうか。

刀がもういよいよダメになった。

今の俺に残った味方はもうこの刀一振りだけだというのに。

そんな時、雨が降り出した。
激しくなっても決して俺の足跡は消えるまい。
今日を逃れても明日になればまた追っ手はやってくる。
恐らくずっと追われ続ける事になる。
雨は見る見るうちに俺の身体に付いた血を洗い流していった。
逃げおおせるわけはないのは判っていた。この怪我で
追っ手と戦いながら、一体どこに俺をかくまう奴が居るというのか。

足下に倒れ込んでいるのは老いた侍であった。
目を見開いたまま絶命していた。
片膝を着いて、俺はその男の顔に手をおいて目を閉じさせた。

何が間違っていたんだ。

また俺は自分に問いかける。
一刀を携えて立ち上がると、いつのまにか目の前に奴が居た。
漆黒に濡れている変わった装束姿で、甲冑のひとつも身に付けてはなく
刀の一振りも携えてはいなかった。
「…義経…」そして偽りの俺の名を呼ぶ。
なぜ、いつの間に奴がここに来たのか不思議には感じなかった。
逆にやっと現れてくれたのかという安堵感から俺は深く溜息を吐いた。
「刀がもうダメだ。俺の首を持って行け、
 要るのならくれてやる。」

そして刀を鞘ごと目の前に突き立てて、俺は奴と会い見合った。
ふと、言いながら奴の目が妙に紅く見えるのに目を細めた。
何か雰囲気がいつもと違うのは雨の所為か、霧を含んだ森の空気の所為か。
そういえば、こいつの目が紅く見えると誰かが言っていた…。
あれは、弁慶が言っていたものか。

奴が一歩踏み出す。そうだ、俺を滅ぼせ。
たぶん奴の手にかかるのを俺は待っていたのだ。

何をするのか次の手が見えない奴だ、、、初めて会った時
確か、そう思った。まだあどけない少年の顔に華奢な身体。
だが俺は知っている。奴の怪力を持ってすればこの斬れない刀でも
俺の首を刎ねる事が出来るのだと。

「義経、逃げよう」
俺が耳を疑ったのは次の瞬間だった。














2へ続く。


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