淪落記

2003-12-14up


2、鞍馬寺




幼い記憶の最初は、誰とも判らない大人に手を引かれて
不安な気持ちのなか由緒ある寺の門をくぐった所から始まる。
優しげな和尚の口から今まで父と思った男は養い親だと聞かされた。
俺は実は『やんごとないお生まれ』で、身体が弱い為に
兄弟の多い養家に預けられていたのだと。
それは子供に言って聞かせる理由にしては妙に真実味があった。

意味が判らないとは思わなかった。だけど、ただ悲しくて、寂しくて、
俺はその場で家に帰してほしいと泣いて和尚に頼んでいた。

養い親から離れて、なぜ本当の両親の元ではなく
こんな山奥の寺に来たのか、誰も話してはくれなかった。
帰る場所が無くなった。俺はずっとここに居なくちゃならない。
その事実を受け取るだけで精一杯のただの子供だった。


「何故、お前は泣いてばかり居るのだ」
いつまでも泣いてる俺に無邪気に訊いてくる声があった。
水色の着物に割けた袖を濃い海老茶色の組み紐で結いあわせた
一見にもどこか気品漂う容貌の少年。
「ほっといてよ…」
ぶっきらぼうに呟く俺を少しも気にしないで
彼−牛若−は肩をすくめた。
ひとつかふたつは年上の彼は、俺がこの寺に来る少し前からここで
暮らしているのだと云った。
同じ年頃の子供は他に無く、すぐに仲良くなった
俺たちは何をするのでも一緒に過していた。

俺は彼に仕えるためにここに来ることになったのだろうか
朧げにそんな事を思い始めていた。

彼との間に主従関係などはなかった。
なのになぜ、そう思うようになったのかは
彼と関わる全ての大人が彼を殿と呼び、恭しく仕えていたからだ。
俺にはない学問の才。剣術。それとたぶん高貴なそのおいたち。
自分が『やんごとないお生まれ』で、この寺に来たから
彼もそうなのだと思ったわけじゃ無かった。
だけど俺は自分が彼の家臣であるのだと云う事は、
誰に云われなくとも判る気でいた。
それは自然と覚えた自分なりの身の処し方だったのだ。

すぐにそれは子供っぽい、いかにも都合の良い所しか
見えて無い愚かな考えだと気付くことになった。










3へ続く。

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