淪落記

2004-01-12up





3、アツシ



ある日、奇妙な事に気が付いた。
俺と牛若、2人の着ている装束の色あいから、
同じように髪に結われた組み紐まで
俺たちはどこから見てもそっくりに仕立て上げられていた。
自分と同じ格好をする俺の事が面白くて仕方ないという風に
牛若は無邪気に笑っているだけで
俺は自分の錦の装束を見る度に複雑に養い親の事を思った。

アツシと俺の名を呼んで豪快に笑う
猟師だった親父。もう顔もあまり覚えてない俺の「育ての親」。
「アツシか…いい名前だな…」
「自分が付けた名前じゃないか」
そうさ だから良い名だと言ったんだ、と嘯く親父に
もしかしたら、と思わないではなかった。
兄たちが、俺になんだかよそよそしかったのも事実だ。
おふくろが死んで、日に日に無気力になっていく親父が
酔っぱらって寂しがりながら俺を懐に入れて一緒に眠った。
大きくて優しくて寂しがりやの…
‥‥あれが、養い親だったなんて。

「信じられない…」
「? なんだ?」
「なんだって、こんな窮屈な格好をしなきゃいけないんだ」
別の事を考えていたのを誤魔化すように呟くと
牛若は可笑しいものを見るような顔をして言った。
「アツシは変わってるな、、。着物を着るのが嫌なのか?」
養い親の元に居た時は、こんな装束に自分が袖を通す事なんて
永遠にないものと思っていた。
本当の親じゃ無かったらあのままで居る事は出来なかったんだろうか。
あんなに温かい親父のことを可愛がってくれた兄達の事を
まだこんなにも俺は思い続けているのに。
俺は……
「…帰りたい…」
思わず口走ってしまったと、後悔するより先に
俺は水色の衣に包まれていた。牛若が抱きしめていたのだ。
頬にあたる衣(きぬ)の冷たさが心地よかった。

この時の彼は、たしか8つ*
だけど強くて優しかった。
離れてしまった兄達を彼の中に見るようになっていったのは
俺に取っては当たり前のように自然なことだった。

いつものように俺を連れて山に入ろうとする牛若を
和尚が引き止めていた日。今思えば和尚は何かを感じていたのだろうか?
「お早く戻られませ。」
そんな声に牛若は困ったような不機嫌な顔をして応えていた。

山に入るといつもと同じように走り回る。
だけど牛若の歩き方がおかしくて、
草鞋を結ぶ紐をずらしてみてはどうかと俺は提案した。
頷いた牛若が屈んだ瞬間、俺の身体は左後ろに毬のように弾け飛んで
叢のなかにはずみをつけて沈んだ。背中から叩き付けられた衝撃で
一瞬息も出来ないかと思われた。
「アツシ!!」
牛若の声が聞こえても身体は動かず、やがて意識も遠のいていった。




*牛若丸鞍馬寺入り七才説の方に基づいております。


4へ続く。
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