淪落記

2005-10-07up









叛意



「…叶ったらどうします?」
長い沈黙をやぶってアツシは膝をついたままの姿勢で言った。
「鎌倉どのの望みが叶ったら…」
「おかしな奴だ、なぜそんなことが気になる?」
奴の質問には応えず話を切り上げようと俺は立ち上がり
その場から離れようとした。
「貴方が最後に…」
呼び止めるようにアツシは言いかけて
振り返った俺に、何かを堪えるように呟いた。
「戦うのは、鎌倉どのだからです。」

アツシとはそれきりだ。

その後俺は壇の浦へと勝ち進み、やがて平家は討伐されつくした。
瞬く間のうちに歳月が過ぎて、
その間にも折りにふれて思い出すのは継信を送った日の
奴のその言葉だったように思う。

そして…。
周囲が急に変転したのに気付いたのはそのわずか後の事だった。
兄に拒まれ鎌倉に入る手前で足留めを食らった俺達は弁慶の勧めで
とある山寺に逗留する。俺も頭を抱えるしかなかった。
鎌倉に入る事を許されないとはどう言う事なのか。
自分の胸の中では何を考えても悪くなっていってしまう。

「ご舎弟が何をしたと言うんじゃ」
「やめろっ」いつかはこうなる気がしていた。
いつでもその覚悟は出来ていると思っていた。
俺が影武者でなかったらこうはなさらなかったのか…
ふとそんな風に思ってしまうのは俺の詰めの甘さなのか。
兄の為と思えばこそ闘い抜いた庶弟になさる事がそれなのかと、
或いは気付いていたのか。
兄上どのよ。
「…兄に、書状をしたためる…」


京に舞い戻った俺の元に追尾の兵が向かって来ていると
報せに来たのは誰あろうあのセイであった。
初めて会った日の優雅な烏帽子姿でもなんでもなく
裾が汚れたかのこ柄の小袖に乱れた髪を整えようともせず
俺や弁慶たちの前に平伏しているその姿は一目見て
仲間からなんらかの制裁を加えられたのであろうとは
容易に想像するに足りた。


「あ……!」
覚醒したと同時に起き上がった勢いで隣で寝ているセイも目を覚ました。
「どうしたんだ?」
「夢だ」
「大丈夫か?」
セイの手が俺の手に重なって背中にもたれかかってくる。
「悪い夢だ…」
その手の上に自分の手を重ねて包んだ。
「いつか兄の夢が叶ったらと、考えないではなかった
 最後にあの者に言われて気が付いた…」
俺は自分の存在している意味を見付けたかったのだ。
なぜ、影武者にならねばならなかったのか。
そうまでして守った牛若がなぜ倒らねばならなかったか。
身替わりになったのははたして俺の望みだったのか?

俺は、牛若のようになりたかった?

引き返す道など無いとここまで戦ってきてとうとう
平氏を倒した。壇の浦の海に沈んで行った一族をこの目で見て…
「もし。」
セイは目をわずかに見開いて俺の顔を覗き込んだ。
「もし、引き返していたら…」
ー義経として生きていなかったら…ー
それから先は続かずに出てこようとした言葉を呑み込んだ。
「なんでもない…」
肩にセイの頬があたって、腕を回して彼女の頭をかき抱くと
俺の夜着をきつく掴んでその顔を埋めた。

「ひとつ、聞きたい…
 兄が刺客を放ったとどうして判った?
 もしや、最初お前を俺の元にやったのは
 …そういうことなのか?」
セイはゆっくり顔をあげて何も言わずに俺の腕から抜け出した。
「やはりそうか」「雇い主の事は…」
そうして俺の言葉にかぶさるように呟いた。
「私にも分からない
 私は……。最初は何も知らずに…
 そう、それで」
「いいんだ。」セイの頬に手をあててその身体を引き寄せて
目を瞑る。「沙那王さま…」「もう、いいんだ…。」
ある決意が俺の中に宿り始めていた。

「あなたが最後に戦うのは鎌倉どのだからです」
あの日アツシの残した言葉がまた深く心に突き刺さった。




12へ続く。

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