淪落記

2004-02-14up









5、少年(2)



義仲軍との戦で負った怪我はまだ治ってなかった。
夜中に傷が疼いては目が覚める事もたびたびあって
そんな時俺は、大抵子供の頃の夢を見て
夢のなかで牛若を呼びそうになる。

そんな自分に驚いて目を覚ます事があった。

「ぁ…」
一瞬、自分がどこに居るのか掴めずに辺りを見渡す。

二間に満たない間口、囲炉裏を囲んで狭苦しい山小屋の中で
甲冑姿のままの男2人が横になっている。継信と弁慶だ。
そうだ、ここは宇治を遠く離れた山の中仮の宿り。
外で見張る歩兵の持つ松明の灯が、小さい窓からもれてくる。
部屋の中が少し明るくなってはまた蒼い闇に覆われていく。
冬の冷たい空気の中で大きな傘を冠っている
白い上弦の月が窓からわずかに垣間見えた。

身を起こしてから円座を引き寄せて座ると
壁にもたれたまま手探りで自分の太刀の在り処を求めた。
探り当てた刀を見つめて、敗走した義仲が討ち取られた事を
思い出していた。頼朝(兄)は俺に何をさせようと言うんだろう。
この怪我が治り切らないうちにまた次の命令が下るのだろう。
山中に潜むのももう終わりだ。

足下の継信を起こさぬように用心して刀を携えて俺は外に出た。
見張りの歩兵は、慌てた様子で部屋から出て来た俺の脇に控える。
そのまま通り過ぎ少し離れた所にある小屋に向かった。

表の柱に繋がれて、土間に敷かれた筵(むしろ)に奴は後ろ向きに座り
振り向いて俺を見たかと思うとバツが悪そうにすぐに俯いた。
奴の顔をまともに見て無い気がした。 
人と目を合わせるのが苦手なのかとそう思った。

小屋のすぐ外には小さい松明が
焚かれてある。元々藁小屋な為に火の気が全くないのに
だが奴の居る小屋に一歩入ると囲炉裏がある俺の部屋よりも
温かいのが妙に感じた。実際アツシの方も全く寒そうにはしていなかった。
「眠らないのか?」
声をかけると奴は俺に向けていた背中をずらして、横を向いて座り直した。
「…眠れないのです…」
「山の中をずっと誰かを捜してると言ったな」
アツシは顔を上げた。
「もう、やめても良いのじゃないかと
 思うようになっていました…あまりにも時が経ち過ぎたので。」
「捜すのをか?」
「だけど…やっぱり、捜し続けなくちゃダメなのです」
奴はそう言いながら自分に言い聞かせているようでもあった。

奇妙な拾い物をしたものだ。
人と目を合わせるのが苦手な人間にしては話し方はなんの抑揚もない。
間諜だと疑う継信の気持ちも判る。こいつの変に物おじしない所はどうだ。
「明後日って、何があるんですか…」
目を反らしたままのアツシが静かに訊ねた。
「さあ、
 あるかも知れんし、無いかも知れん。
 義仲は討たれたがその息子をもいずれ討たねばならんだろう。
 結局な……。
 …俺の役目かも知れない。」
「貴方が義経だったんですね?」
アツシはゆっくりと首を振って己の不運を嘆いているようだった。
自分が何者に捕らえられたのかはっきり理解する事が出来たのらしく
まるで安堵したように大袈裟に脱力してみせた。
「だが決めるのは鎌倉どのだ。
 その使いが到着するのが、明後日、、、もう、明日だが」
「面倒事に巻き込まれるのはご免です。」
何処までも勝ち気な奴のセリフに思わず吹き出した。
「その怪しい身で何を云うか。
 それなら何を糧にこの山で生きているのだ、云ってみろ。
 お前の名は? …俺を誰だと思っている?」
アツシはゆっくりと顔をあげて俺と同じ
低い声で笑顔さえ見せながら云った。
「私が敵でないことがお判りにならない人です。」
「お前を疑っているのは継信だ、俺ではない」
奴はまた目を反らして俯いてしまった。俺もそれ以上の言葉を交わさずに
部屋に戻ろうと踵を返すと背中にやつの声が届いた。
「怪我をしていますね。早くちゃんとした手当てを受けて治して下さい」

部屋に帰ると目を覚ました弁慶が土間に降りて壁際に控えていた。
「薄気味悪うござろう。」弁慶はアツシの鍛えて無いように見える
その腕の力よりも、奴が言い当てた事を言っていた。

気取られるようでは俺もまだまだだ。そんな風に思った事を覚えている。
誰も気付かないうちに、翌朝にはアツシは居なくなっていた。
小屋の裏には大穴が開いていて力任せに板壁を割り外したのだと判った。
誰も気付かぬうちにそんな事をやってのけるあの少年は何者だったのか。

翌日届いた頼朝からの手紙には義高どののことは何も触れず
何処へ向かおうと思うのか?とだけ書かれてあった。義高を生かす事に
なさったのだ。と同時に俺は自分が急かされてるような気になっていった。

一の谷で、範頼勢とともに平氏を下したのはその一月後であった。








6へ続く。

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