淪落記


2004-04-04up







6、影武者?



「木曽の義仲、兼平ともに首級を挙げるとは
 さすがは、ご舎弟どの。某は恐れ入り申した」
誰かの言葉にまた皆が肯定しながら、おお、と声をあげた。
俺はここ一の谷で配下のどの賛辞にも応えず
ただ前を見て戦勝報告を聞きながら胸の中で繰り返し兄頼朝を思っていた。


平敦盛を討ちとったのだ。
「小枝」(さえだ)と呼ばれる雅びな横笛が形見と俺の前に差し出された。
聞けば、最期の時平家の大将と気付いた武蔵の熊谷が
自分の手で敦盛の弔いをしたいという気持ちの上で
その首を刎ねたのだという。
「あのような若者を敵とはいえ、、、」
熊谷はそう言って男泣きに泣いた。

差し出された敦盛の首を検分した。
艶やかな黒い髪に縁取られた美形で
ひと月前に出会ったあのアツシ(本名は判らないままだ)を
まだ若くしたような面影があった。
似過ぎていた。
俺の手には敦盛の形見の「小枝」が握られている。
討ち取った熊谷は側で跪いて、嗚咽を堪えて項垂れていた。
これは、本物の敦盛だ、そうに違いない。
どうかしている、断じてあのアツシが本物ではないのだ。

寒気がした。

もし違っていたらと、いつもこの時に俺は疑ってしまう。
それは俺自身が影武者だからなのか。
「京に送る。」
「は。」


「しかしあの小僧。
 どうやって誰にも気付かれずに逃げ出す事が出来たのか」
同じ事を思い出していたのか、弁慶が側に来て
静かに自問した。だがそれを言い出すとキリが無い。
そもそも力任せに小屋の壁板を割りはずせるものなのか?
この目で見たのに未だに信じられない。
怪我をしていると言い当てられたのも
この弁慶にならいざ知らず。
「もう良い」話を終えようとすると
弁慶は食い下がった。
「大将は、気付かれなんだか。
 暗闇にまるで妖かしの類いのようであった
 奴の目が…」
奴の目と言われても、あいつは数えるほどしか
まともに俺を見てはいなかった。
だから俺もまた、細かい所までは自信が無いのだ。
「ひと月も前のことだ。」
「儂には忘れられんのです。
 間諜でなければ北方の森に住むという
 山の民であったのか…」
「判らん。」
手の中の横笛に視線を落とす。弁慶はまだ
何か言いたがったが息を吐きながら首を振って
黙り込んだ。
見事な塗りのその横笛に
俺は自分の唇を歌口にあてがい、ゆっくりと息を吹いていった。
だがそれはただ掠れたかと思うと嫌に響いて
不快な音をたてた。
「お珍しい。」
弁慶が意外そうに声をあげたその時
俺の身体から急に力が抜けていった。
声も上げられないうちに腹を抑えて片膝を着いた。
とうとう限界がきたのだ。

『怪我をしていますね。早くちゃんとした手当てを受けて治して下さい』

「大将!」







7へ続く。

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