それはここに。

2009-10-18up









「無理しないで・・・
 その人達と一緒に居ることよ」
イカレてた言い訳じゃないが
今思えば発端はそのひとことだった。



忘れもしないあの夏の夜。

あの教会でアンドレが眠る隣に並べられた棺にようやくあの方を納めたとき
ジャルジェ家からの使者が、誰が知らせたのかすぐにやって来て、
もの言わぬ隊長とアンドレをその日のうちに連れ帰ろうとした。

アンドレは元より、隊長も出撃のときに、階級と称号を
永久に放棄した事を皆で訴えたが、シャンプティエと名乗った老使者は苦しそうに
邸にはアンドレの年老いた身内が待っていると告げた。
「オスカル様の生家でありますが、アンドレにとっても
 一度は帰らせてやりたいと存じます‥」

そうかと、頭では判っていても気持ちが付いて行かずに
あまりに早く奪われ、引き裂かれるように別れを惜しむオレたちに、
老使者はこれが最期と、彼らの棺を開けてくれたのだった。

「よろしいですね
 ご覧になれるのはこれが最期になります」
「ああ・・隊長!隊長!」「アンドレー!」

大勢の声が響く中で開けられた棺。
あの時の二人の顔は今でも容易に思い出す事が出来る。
いつものような得心した奴の顔。それまで見たどんなあいつの顔よりも
とびきり色男だった。
青白い瞼にかかる金色の髪。薄く微笑むように引き結んだその人の唇。

「これで最期ですよ、隊長」
棺に手を掛けオレもまた咽せた声をかけた。
惜しみ悲しむオレたちの声を知らぬげに、呼べども叫べども
なんの返事もないふたり。
オレは放心していた。


あれは亡骸。ただの、抜け殻なんだ。

2人の棺を乗せた馬車が走り出すのを見送りながら
空虚な頭の中でオレはそう感じていた。

あれがあの2人の抜け殻なのなら。
彼らの魂は一体どこへ行っちまったんだ?
2人だけじゃない。

フランソワはジャンは‥
天に還ったのか?生まれる前の世界に?
悲しみも苦しみも届かない光りの世界とやらへ?

「無理しないで・・・
 現実以外のところではその人達と一緒に居ることよ」
確か、ナタリーだった。久しぶりに会った日に彼女が何気なくそう云ったのだ。
それを聞いてオレはやっと得心がいった。頭の中の霧が晴れたようだった。

2人の魂はどこだって?

天に、生まれる前の世界?あと、光りの世界だって?

いや。
それはここに。
いま彼らの事を想っているこのオレたちの
すぐ側に居るに決まっているじゃないか。






またあの人が来ている。
最近になって頻繁にあの人の気配を感じるが
だけどそっちを見ても、きっと何も見えないのだ。

あれから幾度
期待して振り向き、落胆に喘いだことだろう
さすがのオレも学習したぜ、そういうのは見ようとしちゃいけないのだと。

今は、
そこだ。窓のそばで。
こちらには背を向けて、窓の外を眺めている事すらオレには判る。
静かに、今出て行ったベルナールとオレの話を聞いていた。



「止めようとしているんですかい?」
窓の方を見ないで、オレは目の前の空間に小さく呟いてみた。

「いや、あなたが、まさかね」
ほんの小さなうぬぼれに羞恥を覚えすぐに打ち消した。
本当は判っているからだ。あの人は死をも覚悟した決断を
簡単に引き止めるような人じゃない。
あの血を、あの革命を、一人の男のために無かった事になど
していい訳がないんだ。
そうでしょう、隊長?



『わたしも同じだ』と言って下さい、あの日のように。



FIN









参考までに、夜明け6月です。 HOMEへ。









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